乗り鉄と銀塩写真の周辺

アクセスカウンタ

zoom RSS 梅小路蒸気機関車館のとなり

<<   作成日時 : 2011/02/05 18:56   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 11 / トラックバック 0 / コメント 4

梅小路蒸気機関車館の奥まったところから古い路面電車らしきものが見えました。

一般公開してない古い京都市電の車体でも保管しているのかな?くらいに思っていたのですが、しばらくするとその路面電車がさっきまでいた場所から消えていました。

驚いて受付のおねえさんに尋ねてみたところ、

「あちらは隣の梅小路公園」
「電車は京都市が動態保存している昔の京都市電の車両」
「休日のみ運転している」
「この梅小路蒸気機関車館を出て、左に折れて敷地の境界沿いに進めば乗り場がある」

などなど教えてくれました。

梅小路蒸気機関車館は途中入退場もできる、ということなので早速行ってみます。


おおおお、走ってますねえ
画像



オープンデッキの二軸の単車、しかもトロリーポール集電ではないですか
画像


この車両は、狭軌I型と言います。

京都では、琵琶湖疏水の開通に伴い日本初の水力発電所である蹴上発電所が建設され、その電力で蒸気鉄道ではなく電気鉄道を走らせたいという構想がありました。それを実現したのが京都電氣鐵道株式会社で、1895年(明治28年)2月1日に日本初の本格的な路面電車の営業を始めました。軌間は官鉄と同じ1067mmでした。この会社は毎年額面一割の配当を行うほど営業成績が良かったそうです。

そんなに儲かるならと、新たに市電事業に参入しようという会社が数多く現れたため、紆余曲折の末、京都市では市電は全て市営とし、京都電氣鐵道株式会社もいずれ京都市が買収すると決められました。京都市電は1912年(明治45年)6月11日に営業を始めました。この年の7月30日から大正元年になります。

1918年(大正7年)7月,京都電氣鐵道株式会社は買収され京都市電に統合されました。その際に京都市電に新たに移籍する車両が136両ありました。これらの車両番号は、元から京都市電に在籍していた標準軌の電車と番号が重複するため、車両番号の頭に「狭軌」の2字を付記し,車体には番号の前に「N」を付け加えました。これが後に「N電」と呼ばれたゆえんだそうです。

その後,標準軌の広軌I型の全車を廃車にしたこともあって,1955年(昭和30年)に当時の残存車両28両に対して「N」のない1〜28号の連番に改番を行ったそうです。さらにその後の1961年(昭和36年)3月末に6両,同年7月の北野〜京都駅前間の狭軌路線廃止時に残り22両が廃車となりました。

これはその27号車というわけです。

そういう経緯もあって、京都市交通局のサイトなど見てみましたが、この車両の1918年(大正7年)の経営統合以前の詳細は不明だそうです。ですが、愛知県犬山市にある博物館明治村に動態保存されている8号車と15号車が、1910年(明治43年)から1911年(明治44年)にかけて製造されたそうなので、これもおそらく同じ頃に製造されたと考えられます。


線路に沿って歩いた先にあった「チンチン電車のりば」
画像


SLスチーム号と同じく、これも法的には鉄道ではなく遊園地の遊具です。でも本物の昔の京都市電の車両です。製造されておよそ一世紀、現役を退いて半世紀近く経つ車両に乗車できるというわけです。

ここはもう「大きなお友達」になるしかありません。キッパリ(笑)。


というわけでキップを買って乗車してみました。

デッキ
画像


車内
画像


単車の乗り心地、久しぶりに堪能いたしました。


足回り
画像


上記6点 2009年1月撮影 
Nikon F100 / Nikon Ai AF Zoom-Nikkor 18-35mm f/3.5-4.5D IF-ED
Kodak BW400 / Nikon SUPER COOLSCAN 4000 ED


ブリル台車を履いています。ブリル台車とは、米国ブリル社(J.G. Brill and Company )製の台車のことで、この台車の形式は21Eです。このブリル21Eは、路面電車は二軸車が主流だった時代の大ベストセラーで、模造品も作られて世界中に普及したそうです。大正時代の日本にも大量に輸入され、札幌、東京、横浜、大阪など各地の市電で使われました。


函館市電39号
画像

函館市交通局30形電車、「箱館ハイカラ號」と呼ばれています。これも台車はブリル21Eとのことです。ただしこちらは軌道法にもとづく現役の軌道線なので、車体は現在の基準に合わせて1993年(平成5年)に昔の図面をもとに新製したものだそうです。また、他の電車と性能を揃える必要もあるのか、集電はZパンタグラフを使っています。函館駅前にて。

上記1点 2005年7月撮影 
Nikon F100 / Nikon Ai AF Zoom Nikkor 28〜200mm F3.5〜5.6D(IF)
Konica CENTURIA SUPER 200 / Nikon SUPER COOLSCAN 4000 ED



この動態保存されている京都市電、狭軌I型27号車は1994年(平成6年)に平安遷都1200年の記念事業の一環で静態保存からレストアされたものだそうです。うかつにも現地に行くまで私はまったく知りませんでした。


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 11
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた 驚いた 驚いた
面白い 面白い 面白い

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
ひとりかもねんさん、こんばんは。
寒さが和らぎましたね。

これは訪問時に気が付きませんでした
中々、興味深い動態展示ですね。
明治村の軌道車が老朽化で運行終了になったらしいので、古典軌道車の動態は、もしかしたら、ここだけかも知れないですね (^_^)
ブリルの古典台車も面白いです。板バネとコイルで車体を支えている構造ですよね?  国鉄の台車にも大きな影響を与えたのではと思いました。

hmd
2011/02/07 21:01
hmd様、コメントありがとうございます。

明治村の8号車と15号車ですが、明治村のサイトでは「当分の間運休」とありました。冬場はお客が減るから動かさないのかな?くらいに思っていましたが、老朽化が理由とは知りませんでした。

この狭軌1型は静態保存車は結構あるようなので、そこから部品を貰ってきて復活できればいいのですが。
ひとりかもねん
2011/02/07 23:48
10年位前になりますが、わが子たちを連れて梅小路蒸気機関車館を訪問いたしました。半分ほど見たところで、子供たちが隣を走るこの電車を見つけ、「あれに乗る!!」と駄々をこねられたため、やむなく蒸気機関車館を後にしてこの古典電車に乗った記憶がございます。
明治村の京都市電は、幾度か訪問した際に必ず乗車いたしました。老朽化のため動態保存が中断している事は存じませんでした。補修は大変だと思いますが、何とか復活してほしいものです。

たった3枚ですが、当時の写真が残っております。

http://205-161-205.at.webry.info/200807/article_8.html
のり
2011/02/20 22:10
のり様、コメントありがとうございます。

今の今までコメント頂いたことに気がつきませんで恐縮です(脂汗)

記事のご紹介ありがとうございました。早速拝見させて頂きました。
ひとりかもねん
2011/02/25 06:53

コメントする help

ニックネーム
本 文
梅小路蒸気機関車館のとなり 乗り鉄と銀塩写真の周辺/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる